2006年12月27日

「妄想が起きるとき」

「妄想が起きるとき」・‥・背景に「家」の歴史と文化
朝日新聞2002年11月16日  こころ元気ですか高齢者編3より

‥・本人だけの誤った思い込みを妄想という。マツさんのように、痴呆の高齢者では大切なものを「盗られる」という妄想が多い。‥‥

 「前の家のやつらが、仏壇も屋根瓦も、みんな安物と換えてしまった」。そう言うとマツさん(82)は、やつれた無表情な顔をいきなり歪ませて、外来の診察室で泣き崩れてしまった。

 国道から谷間に10分ほど入った粗末な一軒家に、マツさんは独りで住んでいる。小さな古い農家の3人姉妹の次女で、姉夫婦はブラジルに移民、妹は大阪に嫁いだ。一人残ったマツさんは、戦後間もなく婿を迎えて家を継いだ。だから生まれてこの方、一度も家を離れたことがない。娘は2人とも遠くの街に嫁いでいった。夫は出稼ぎ先で20年前に病死。以来、ずっとつましい一人暮らしだ。

 地面にへばりついて働いたせいで、気がつくと腰もひざもすっかり曲がってしまって、よほど頑張らないと、顔を正面に向けることができない。

 細い道を挟んだ丘に、ひときわ大きな屋根が見える。台所の窓からは、ちょうど真正面だ。洗い場の縁に両手をふんばって背伸びしながら、マツさんはこの家を朝な夕なに睨みつけて生きてきた。遠い親戚筋にあたるその家とは、土地の境界のことでずっともめている。

 姉夫婦がこのやせた土地に愛想を尽かして出ていったとき、無口なマツさんは親の嘆きを一身に受け止めた。そして「家を守る」決心をした。忠孝一本、という当時の価値観に従うことは、大正生まれの、しかも山間の寒村に生まれたマツさんにとって、仕方のないことだった。

 だが、時代は変わった。「老後は子や孫に囲まれて」という修身の教科書が保証したはずの家族風景はむなしく消えた。土地を争う親戚筋への怒りを増すことで、彼女は報われない孤独を埋めていったのだろうか。

本人だけの誤った思い込みを妄想という。マツさんのように、痴呆の高齢者では大切なものを「盗られる」という妄想が多い。日用品から財産、さらには配偶者や自分の命までが盗られるという。まるで失う「不安」を盗られる「怒り」でかき消そうとてもしているようだ。

 妄想の背景には、「家」の長い歴史と文化がある。治療にはがんじがらめになった家への思いを解きほぐしてくれる場所が必要だ。家を忘れて自分らしさを取り戻すとき、妄想からも解放されることがある。そんな場所のひとつが、マツさんも通った「宅老所」だ。

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Posted by 清山会スタッフ at 01:48│Comments(0)こころ元気ですか
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